もくじ
❚答えは常に自分で見つけ続けるしかないのだろう
はてなブログのおすすめ記事に少々興味深いタイトルの記事を見つけました。
40代からの生き方とどう向き合うかーか。
つい最近、同世代となった友人と色々話してまして。
話の最後に管理人は
「最近全然楽しい事ないんですよねぇ」
と友人に問いかけると友人は
「ほんとにー歳とるとこーなるんすかねぇー」
なーんてやり取りで会話を終えました。
はてなブログで拝見した記事の様に、同世代の皆様はそれぞれの境遇の中、それぞれの悩みを抱え、今も尚、足掻き続けながら必死に都度答えを探しながら生き続けていらっしゃるのだなぁと。
何だか色々と考えさせられた日でした。
❚私には沢山の目標がある、やりたい事がある
幸運な事か、管理人には40代にして未だやりたい事、目標とする事が沢山あります。
これらが原動力の一つになっている事は間違いないでしょう。
けれどそれらをもし成せた時、満足する答えを得れるのか。
満足した後はどう思うのか。達せれなかった時はどう思うのか。分かりません。
若年期。その時期時期でもっと自分に経済力があれば、社会的地位があれば、大切に想う人を離さずに済んだのに。なんて思う事もありました。
けれど今は考えが少し変わってきています。
例え不自由なく生活していける程の経済力を持ち、社会的地位が確立された身分にいたとしても、きっと何かこう虚無感が襲うと言うか、別の方向を見つめだしてしまう様な気がするのです。
形式を成す何かよりも、例えば今の時期なんかは咲き誇る満開の桜を眺め、春の伊吹を感じる風を感じ、身近にある小さな笑顔が溢れる何気ない時間に
ああ、心地良い瞬間だなぁと感じます。
反面、この世界は綺麗事だけでのうのうと生きさせてはくれない構図になっています。
金があろうがなかろうが?財を成そうが成さまいが?
財がなけりゃ生きさせてもくれない世界です。
何の為に生きるのか?そりゃ一言で言える答えは持ち合わせてはいませんが、まぁ心地いいと感じられる時間を少しでも得続けられる様に、明日も必死に足掻いてみようと思う今日この頃。